片付け

最近、何となく火消し(もちろん実際の消火活動ではありません)をしていることが多いような気がするのですが、それが精神衛生上よくないような気がしています。火消しというのは、基本的には、燃えているものが広がらないようにするとか、壊れていく物がこれ以上壊れないようにする、といった、どちらかというと後ろ向きの作業というイメージを個人的には持っています。火消しというと、大袈裟なので、片付けといった方がいいかもしれません。片付けは整理整頓された状態に戻すことで、そこの状態から生産的な活動に移れるんですよね。普通は。だから、戻す作業のところまでばかりやっていて、生産的な活動の方までやる余力がない、という感じなのです。

普段生活をしていても、何か物を使って、それをそのままにしておくと散らかっていきます。きちんと片付けをしないで生活をしていると、何がどこにあるのかわからなくなって、ある日気がつかないところで引火して火事となってしまうわけです。そういうことがないようにと、毎日片付けをするのですが、人によって片付ける方法はまちまちで、自分なりの方法があります。会社とかでは製品管理や情報管理ということで、会社なりの方法で製品や部品を整理したり、書類を片付けたり、情報整理をしたりして、対応をしているはずです。そういったことができていないと、ある日、突然お金がなくなっていることに気がついたり、大切にしていた情報(設計図とか)がなくなっていることに気がついたりして、大慌てになるわけです。

家の外から見ている分には、中の様子はわかりません。ですから、うまく生活しているんだなと思ってみていたところ、実際は部屋の中がすごいことになっていて、それがわからないことも多いということが最近わかってきました。ちょっと扉を開けてみたら、中は凄いことになっていて、「うわ!」と思うこともあるわけです。最近、そういうことに出会う機会が増えてきていて困っています。小さい子供が散らかすというのは、まだわかるのですが、いい大人がそういうことをしているのを見ると、個人的には「うーむ」と思うわけです。あ、念のために言っておきますが、本当の家の話をしているのではなく、例え話です。

しかし、個人の閾値はいろいろなので、自分の基準では許容範囲内のものでも、他の人から見ると許容できないという場合もありますから、一概には散らかっているとは断定できません。自分から見て散らかっているように見えても、そういう状況で生活をしている人というのは、その中でうまくやる方法を考えだしているのでしょう。

とはいえ、欲しい情報などがすぐに出てこない場合は、仕方がないので自分で探すことになり、そうすると片付けながら探すのが結局のところ効率が良いことが多いので、まずは片付け、ということになります。これが1年に1度の大掃除ぐらいの話ならいいのですが、3ヶ月に1度みたいな頻度だと、さすがにめげてきます。根拠がありませんが、世界は「散らかす人」と「片付ける人」とでバランスしているような気がするので、戦略的には「散らかす人」になった方がいいのかなぁ、と思うようになりつつあります。もちろん、「片付ける人」からいろいろ言われることになるわけですけど、まぁそれは「片付けるのが好きな人」を見つけてくるということで、何とか解決するのが良いかと。

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